「出来ない」と「やらない」の混同 ~フィネスな釣りとパワフルな釣り~

少し前に、バス釣りの界隈において「フィネスなメソッドの是非」についての議論が、X上で白熱しました。私はこの流れを見ながらも、特にこれには触れずに黙っていました。Xのポストで投稿出来る文字数では、この問題は語れないと考えたためです。

X上で見られた主な論調

フィネス否定派の意見としては
「情けない」
「見ていてつまらない」
「将来子供が憧れる様な釣りをして欲しい」

フィネス肯定派の意見としては
「結果至上主義の中で、変な拘りを持っている場合ではない」
「趣味ではなく仕事なのだから必然」
「生活が懸かっていない一般人の外野はなんだって言える」

といったような意見が多く見られたように思います。しかし、これだけざっと見ると、「感情」と「意見」が同じステージでごちゃ混ぜになっており、建設的な議論ではないというか、単なる言い合いの域を出ていないなと思いました。

日本に昔からある二つの言葉

個人的に昔から大好きな概念なのですが、日本に昔からある言葉に
・「型があるから型破り、型が無ければ単なる型無し」
・「守破離」

というものがあります。

前者は、平たく言えば「俺はフリーダムにやりたいから教科書通りのやり方は学ばないぜ」といったやり方は、型破りではなく型無しであり、評価に値しない、という喩えですね。

後者の「守破離」は、物事を上達する上で、まずは教わった型を忠実に守り、次にそれらを改良し、最後に独自の境地に到達するといった考え方ですね(後から知ったのですが、これも日本の芸道・武道が発祥の言葉らしいです)。

私がこの二つの言葉をなぜ好きなのかというと、マジで全ての事柄に当てはまるなあ~と、事あるごとにつくづく感じるからです。

そして今回のフィネスの是非についての議論も例外ではありません。

問題なのは「型無し」

私はシーバスの濱本国彦プロがボソッと口にした「ビッグベイトこそ繊細極まりない。そこが面白い。」という言葉が大好きなんです。というのも、この一言だけで完全に「型破り」を体現しているからです。あらゆる部分での繊細さを考え抜いた上で登場するストロングスタイルはまさしく型破りそのものだと考えます。
しかし、そうでないストロングスタイル、非常に悪い言葉で言えば、各部分(タックルやルアーのチョイス、ライン、ノット、フック等、要素を挙げれば数えきれませんが…)に思慮深さが伴っていない「雑」なパワフルさであれば、それは「型無し」に当てはまると私は考えます。繊細な釣りに適応出来ない技術的欠如を、「細かい釣りはダセえからやらない」というプライドで(無意識だとしても)隠蔽している方も一定数おられると思います。

フィネスな釣りが大会で横行するという事は

釣り人の試行錯誤の末に行き着いた均衡、最適解といえます。見栄えや個々人の受け取り方は置いておいて、とにかく釣る、という目標だけ見た場合、「必ず行き着く分野」と言えます。それを実行に移すかという次段階の話になった時に、「個々人の価値観」が飛び出してくるので、議論になってしまう訳です。価値観については、いくら言い合ったところで答えは出ないはずです。
そのため、ただシンプルに現状だけを見て「人より釣るためにはどうすべきか」といった事だけを考えた場合、どんどんフィネスに寄っていくのは必然として揺るがない事だと思います。

チヌが「スレる」といった現象をマダイの実験から考えている過去記事があります↓

釣り人の万人が勝負師ではない

趣味の方もいれば、生活の糧にされてる方もいます。趣味の方の中にも、いわゆるエンジョイ重視の方もいれば、勝負&結果至上主義の方もいます。
趣味の方であれば、「俺はフィネスな釣りはやらないぜ」というのは十分にアリだと思いますし、カッコいい価値観だとも個人的に思います。
だからこそ、主張が「価値観の押し付け」≒「感情」なのか、合理性を見定める「議論」なのかは、明確に切り分ける必要があると思います。スタートの時点でこれが明瞭になっていなければ、いつまで経っても水掛け論です。
しかし勝負の世界に片足を踏み入れているような方であれば、「勝ちを自ら放棄する」ことは通じないでしょう。

似たような事は、バスでもチニングでもあれば、バスケでもある

そこまで詳しくないものの、私はバスケを観るのが好きです。昨今ではスリーポイントの効率の良さが非常に高く評価され、これにかなり偏重したプレースタイルが横行しています。単に外側から双方が長距離砲を沈めまくる試合は、見ていてクソほど面白くありません。一見作戦もクソもないように思えます(あるっちゃあるけどね)。コメント欄でもアメリカの方が「だからもうNBAを観なくなった」とコメントしていることがよくあります。

これも、釣りと全く同じだと思います。作戦として合理的なのは間違いないのですが、単純に見ていて「つまらない」と感じる人がかなり多いのです。しかしこれは、決まったルールや仕組みの中である程度研究が進み過ぎると必然的に起こる事です。

スポーツはルール改変が出来るけど、魚の生態は書き換えられない

極端に均衡が崩れた状態が発生すれば、スポーツはルールをちょこっと改変すれば良いですが、釣りは自然が相手です。そう言った事は現状出来ません。であれば、この対立は更に長いこと続くでしょうね…

結局

フィネスな釣りを否定してストロングな釣りを展開する場合、それが「繊細な分野の習熟が伴った上での型破り」なのか、それとも「自身の技術的欠如の隠蔽から生まれる型無し」なのかがあまり議論されていないと思います。

また、合理性の議論と価値観の提示は全く別物であり、分けて考える必要があると思います。

価値観については、誰がどんな価値観を持っていても良いはずですので、そこには多様性を認めるべきです。しかしそこから他人に価値観を押し付けていく場合、基本的に答えは出ないはずです。

…といった控えめな文章はここまでで、超過激な内容↓は燃え広がり過ぎないように有料のベールで包ませてもらいます(爆)

コメント

  1. モーサン より:

    たまたまユーチューブの動画からこちらを知り拝見いたしました。
    私は釣り歴は20年近くになるのですが、こちらのような知識と探究があふれた記事をみる度に自分はほんとに年数だけだなと思います。
    またチニング自体はまだはじめて2年ほどで貧果にくじけそうになる日々です。
    こちらの記事はいずれも興味深く、勉強になりました。ブラインドの記事、楽しみにしております。

    • nerima より:

      返信が遅くなってしまいすみません。
      コメントありがとうございます!
      大変励みになります。
      私はチニング歴自体は7年ほどですが、最初の数年は大して釣れませんでした。
      くじけそうになる気持ち、痛いほどわかります。
      現在インターネットで「チニング」と検索して出てくる記事は、あまり実践的でないものが多いように思います。
      当コンテンツでは、なかなか釣れないという方に親身に寄り添うものでありたいと考えていますので、なかなか釣れないと仰る方の率直な意見は大変参考になります。
      ぜひこれからもお読みいただけると幸いです。
      とても嬉しいです。ありがとうございます。