ヒューリスティック(Heuristics)をご存知でしょうか?
経験や直感に基づき、「正解に近いと思われる答え」を素早く導き出す、人間の本能的な思考法の事です。
我々の日常生活の意思決定の大部分はこのヒューリスティックによって行われています。
より具体的に例えると、自然界の複雑な現象を目にしたときに、複雑な現象のまま理解せず、A=B、のような単純な情報に置き換えて理解しようとする現象です。
時は原始時代
例えば、原始時代に生きている人間を考えた場合、夜に寝ている時に、付近の草むらがガサガサと音を立てて揺れたとします。大抵の場合飛び起きて、無意識に臨戦態勢に入ると思います。しかし、自然界の現象をありのままに見れば、音を立てたのは突風かもしれませんし、草食動物かもしれませんし、夜更かしをしていた仲間かもしれません。しかし、万が一肉食動物だった場合、取り返しがつきません。そのため人間は、「夜中に近くの草がガサガサ鳴る=敵襲」という簡略化した情報を素早く扱える個体が、何万年にも渡って選別され続けました。他にも、「これは食べられる果物なのかなぁ?」と数秒悩んでいるうちに他の霊長類に持ち去られたりするなど、厳しい自然界ではコンマ1秒を切る世界で「素早く決断する」ことを迫られていました。
そしてその「素早く決断する」という範疇でも、出来るだけ判断の正確性を上げるために、進化の過程で強烈に洗練された思考が「ヒューリスティック」です。
草むらの例や果物の例だけでなく、人間は至る所、あらゆる状況でこういった思考をすることがわかっています。文明が発達し、猛獣に怯えながら寝る事が無くなった今も、このクセは我々の日常生活にしっかりと根付いています。
なぜヒューリスティックが人間に備わっているのか?
一見すると「思考のミス」のため、人間を生物として見た場合、こんなことをしていては絶滅してしまいそうです。しかし意外にも、これは生存戦略として非常に強力な武器である事が解っています。
エネルギーの大幅な節約
脳は体重の2%程の重さしかありませんが、体が消費する全エネルギーの20%を消費します。頭を酷使して思考を重ねた日なんかは甘いものを食べたくなりますが、これは脳が膨大な量のブドウ糖を消費しているからです。ヒューリスティックをあらゆる所で活用する事により、カロリーの浪費を抑える事が出来ます。
即時性
草むらの例で解るように、自然界においては一瞬の判断が自身の運命を左右する事があります。その際、思考を簡略化するほど、素早く決断して動くことが出来ます。
利用可能性ヒューリスティック
ヒューリスティックは更にいくつかの種類に分ける事が出来ますが、その中でもルアーフィッシングと密接に関係しているのが、『利用可能性ヒューリスティック(Availability Heuristic)』です。
ざっくり要約しますと、「思い出しやすい情報」ほど、発生頻度や重要度が高いと判断してしまう傾向です。脳は「自身の統計データ」=「現実世界における事実」と誤認します。
直近で実績を残したルアーなんかは、自身の統計データの中では信頼性の面でかなり上位に食い込んできますが、1000人の同業アングラーで統計をかければ、必ずしも同じランキングにはならないですよね。
アングラーの思考とヒューリスティック
ようやく本題です。
・人間はA=Bのように、あらゆる場面で情報を簡略化しようとするクセがあります。これは遺伝子レベルで刻み込まれている本能であり、自ら振り払おうと努力しない限り、これに倣った思考を誰しもしてしまいます。これは人間である以上、自然な事です。
・釣りは自然を相手に楽しむ趣味です。人間がプログラムで組んだゲームの何倍も複雑で、「ケースバイケース」極まりない実態がほとんどです。しかし、ヒューリスティックによって、我々の目には簡略化された情報が映ります。
このような事を踏まえた上で、ルアーフィッシングにおける情報発信を見ると、「A=B」形式の情報ばかりです。「チニング最強ワームはこれ」「この水の色にはこのルアーカラー」など、もう、とにかくA=Bの情報しかありません。
※ヒューリスティックを脱却した上でA=Bのような簡略な図式に辿り着く現象も全く無い訳ではありません。
しかし、少なくとも2026年現在において、私個人としては「ヒューリスティックを脱却した知見」は極めて少ないと感じており、辟易します。
プロの解説はおのずとヒューリスティックの脱却が図られている
プロの方々の実釣説明等を見聞きするたびに思うのですが、説明が詳細かつ本質的ですよね。自然界のような解像度が大きすぎるものを相手に色々考える訳ですから、大抵の事はケースバイケースであり、それを言葉に落とし込むと、「こういうこともあって、あんなこともあって、であれば今はこういう作戦を取った方が良い気がする」といったように、枝葉の数が増えた言い回しになる事が多いと思います。しかし、特に口に出して喋る場合はそうかと思いますが、出せる情報量は自然の大きさに対して遥かに限定的になります。そのため、本質に近しい幹の部分だけを端的に並べたプロの説明が、我々を感心させる訳です。
プロの「重みを感じる言葉」は「ヒューリスティックの脱却」の領域に達している、というのが私の感想です。また、仮にプロが「A=B」のような発言をしても、「全てのパターンを加味しても、A=Bが最適解である事が経験上最も多い」といった意図が簡略化された上での「A=B」だったりしますよね。
私自身の発信も、ヒューリスティックの脱却がなかなか出来ていません
一年前、二年前の自分の言葉を見返すと、「まだまだ脱却出来ていないな」と感じる事が多々あります。
脱却に近づくには、「この場合はこう」で終わらせずに、「ケースバイケース」の図式を詳細に説明するに限ります。となれば、膨大な文字数の記事を多数投稿しなければいけません。超大変です。それでも私は、出来る限りヒューリスティックの脱却を心掛けた発信を続けたいと思っています。
しかしヒューリスティックの脱却は、修行僧のように一生続く鍛錬なのかもしれません。
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