先日、神田川のチヌの群れが話題になりましたね。
これに付随して、これはクロダイなのかボラなのか、という議論も起こっていましたね。
今回は、このバズにこじつけて、以前から思っていた事について書きたいと思います。
かつて、シロギスの水中動画を見て…
10年近く前の話ですが、かつて私は本格投げ釣りの畑の出身であると書きました。
本格的な投げ釣りにおいては、手持ちでシロギスを釣っていくシロギス派と、置き竿でアタリを待つブッコミ派に大きく二分されます。私は後者がメインで、シロギスはたまにやる程度だったのですが、なんとなくYouTubeのオススメに『シロギスの群れの水中映像』みたいな動画が出たので視聴してみて、衝撃を受けたことがあります。
シロギスは群れる魚で、砂底の直上を泳いでいる…というイメージについては全くもって同じだったのですが、驚いたのはその規模感です。地上からゆっくり流れる大きな雲を眺めているかの如く、とんでもない大きさの群れがそこには映っていました。「シロギスの大群」といってイメージする規模を遥かに超えており、とにかく驚いた事を覚えています。
更に更に驚いたハマフエフキの群れの水中映像
いわゆる『タマン』ですね。大物投げ釣りの最高峰ターゲットです。シロギスの動画と同じく、タマンの水中映像を見た時も驚いたのを覚えています。
というのも、シロギスはもちろん、シーバスのベイトフィッシュとして馴染み深いニシン科(マイワシ、サッパ、コノシロ等)の魚やカタクチイワシ等、大きな群れを作るのは生態系の中でも下位に属する小型魚達が身を守る戦略であり、魚のサイズが大きくなるにつれて、その群れの規模感は小さくなってくる(必要性が薄れるため)というのが、私のそれまでの認識でした。
しかし、ゆうに70~80cmはあるであろう成魚のハマフエフキが水中でとんでもない大群を作っている映像を見た時、その教科書的な概念は私の中で完全に崩れ去りました。

10年前に比べ、現在は格段に撮影機材の性能が向上し、より鮮明なタマンの大群の映像がたくさんインターネット上にアップロードされています。
その頃から既に
これらの映像の知見を実釣に活かす上で、個人的には、「大群の中から、短時間でいかに効率よく高活性個体から間引いていくか」という考え方が、様々な魚種において私の中で完全に定着しました。つまるところ、こうした効率の洗練が釣果に直結するからです(もちろん当てはまらない魚種も多くいると思います。ソルトルアーフィッシングで既に確立しているジャンルで言うと、フラットフィッシュやロックフィッシュは要素として薄い印象があります)。
シロギスをやられている方にこんな事を言っても最早釈迦に説法であり、「そんなん当たり前だろ」と言われるような概念だと思います。
より厳密に言えば、シロギスであったり、サビキで釣れるような「群れている魚」としての印象が強い魚種以外にも、そこまで大群を作っていなさそうな印象の魚種が、私のイメージ以上に大きな群れを作っている場合が多々ある、という認識が私の中に芽生えました。
私が当時投げ釣りで最も熱中していたターゲットはニベであり、大群の到来と同時に「間引き効率」を洗練して釣果を積み上げるような釣りでした。
マダイやヘダイも含め、タイ科の魚を狙う投げ釣りでも、「群れの中から、短時間でいかに効率よく高活性個体から間引いていくか」は重要な概念であると肌身で感じています。
一方タマンは、待ち続けて一発逆転的な印象が強いですが、そんな要素もある一方、こんなに大きな魚でさえも、群れの到来とともに忙しくなる場面があります。

村越正海さんのキャスティズム×タマンの動画は、何年経っても不朽の名作ですね。
かつて、キビレの投げ釣りの一級ポイントとして知られていた淀川
見出しの通りなのですが、2017年時点で大々的にシマノが公式ページを組むレベルで、淀川はキビレの魚影については『一級ポイント』として知られていました。投げ釣り協会に属しているセミプロのような方々も、グループで費用を割り勘して大型車でここまで遠征に来るほどだったのを覚えています。

当時は静岡県に住んでいた私ですが、このページは何度も繰り返し読み込み、非常に参考にさせていただきました。
しかし、投げ釣りという手法において、釣果をしっかり共有し合う協会間でも、「キビレでツツ抜けした」というような釣果を私は聞いたことがありません。というのも、これはひとえに
「大群の中から、短時間でいかに効率よく高活性個体から間引いていくか」という効率の洗練と時間との闘いにおいて、ルアーフィッシングが餌釣りを上回った稀有な例
だからだと、現在私は解釈しています。
そして、餌の優位性がルアーの効率性に上回られてしまったからこそ、餌釣りの方はチニングの釣果を到底信用できず「釣果捏造」と仰るのだと思います。
しかし私は、投げ釣りでもルアーでも、本気でタイ科の魚達をそれぞれ専門で狙って釣る事に熱中した経験があり、双方の感触から考えるにこのような持論を持っています。
村岡昌憲プロが仰った真理
シーバスの村岡昌憲プロが「それなりにルアーを通した場所でも、水中カメラを入れると嫌ってくらいスズキは映っている。ルアーフィッシングで反応を得られる魚は1割未満。」と仰っています。ご存知の方も多いのではないでしょうか。スズキとクロダイ/キチヌに限らず、これはどんな魚種でも、これは現在のルアーフィッシングの真理だと思います。
とはいえ、以前から投げ釣りによってこの概念が身に染みていた私は、「そうなんだよなあ」程度の共感で済ませてしまいました。しかし…
事実とプライド
仮に、チニングでキビレを20匹釣る事が出来たとして、その上で前述の話を考えてみるとどうでしょうか?「反応する魚は1割」の理論で行くと、非常に乱暴な計算をすれば、200匹にルアーを見せた上で「20匹の高活性個体を間引いた」という形式になります。しかしこれは云わば「簡単な個体だけが釣れた」ような意味合いを強く感じ、釣った当事者からすれば非常に腹が立つ言葉だと思います。ルアーフィッシングを嗜むアングラーからすれば、「難しい魚をテクニカルに釣る」事に誰しも憧れると思います。チニングに長期間向き合うほどこのような心理的葛藤が生じ、無意識下で事実に目を覆って蓋をする状況がよく起こる事に、私は最近気付きました。
神田川のチヌの大群のニュースを見るに
この映像について、チニングが専門のアングラーであっても、その他の魚種がメインのアングラーであっても「すごい魚影だ」「こんな大群羨ましい」といった反応が多く寄せられていました。しかしこの規模感の魚影の濃さであれば、それなりに投げてツ抜け・ツツ抜けするような状況では、東京湾に限らず、大概投げた先の水面下でもこのような事になっていると私は考えます。それが我々人間の目にしっかり映る状況か否か、それだけの違いのように思います。
群れが非常に浅いレンジに現れれば「魚影がすこぶる濃い川」として捉えられがちですが、同じような規模感の群れがディープにいたり、流心にいたりする場合、我々の目には映りません。しかしこれらは非常に普遍的でよくあることであり、その状況にチニングアングラーが隣り合わせる事も非常によくある事だと私は考えています。
ボラやクロダイといった魚は、我々の生活圏を流れる浅い川に積極的に入ってくる種族であるために、単純に人間が水上から目視出来る機会が多く、大群について取り沙汰されがちなだけだと私は感じています。見えないレンジ、見えない距離感の場合でも、このくらいの群れは普遍的に居ると私は考えています。
ということで
この記事は、次の記事の『立候補制の釣りと指名制の釣り』の前置きと言いますか、前提の概念の共有のようなものになっています。続きはこちら。





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